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大阪地方裁判所 昭和47年(行ウ)52号 判決

東大阪市河内町五番一二号

原告

谷口弘こと 平井康雄

右訴訟代理人弁護士

池田作次郎

東大阪市永和二丁目三の二三

被告

東大阪税務署長

一柳正夫

右指定代理人検事

二井矢敏朗

右指定代理人法務事務官

高見奨

大蔵事務官 山本喜文

江里口隆司

馬場倫男

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告が、原告に対し、昭和四五年一二月一六日付でなした、原告の昭和四四年分所得税についての更正および過少申告加算税の賦課決定は、国税不服審判所長が昭和四七年四月三日付裁決により取消した部分を除き、これを取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二原告の請求原因

一、原告は、昭和四五年三月、昭和四四年分所得税について、純損失の金額を一、三六五万九、〇三八円(明細は別表第一(一)記載のとおり)、源泉徴収税額を二六五万五、二七九円として、被告に確定損失申告をした。

二、被告は、昭和四五年一二月一六日、総所得金額を一、二七九万一、一〇〇円(明細は別表第一(二)記載のとおり)、所得税額を四七一万九、八〇〇円とする更正(以下本件更正という)、および過少申告加算税二三万五、九〇〇円の賦課決定(以下本件賦課決定という)をした。

そこで、原告は、右各処分に対して異議申立をしたが被告はこれを棄却する旨の決定をなしたので、更に原告は審査請求をしたところ、国税不服審判所長は、昭和四七年四月三日、総所得金額に変更はないが、所得税額を四四九万九、七〇〇円(配当控除額が、更正では三七万五、〇〇〇円であつたのに、裁決では五九万五、〇五〇円に増額されたことによる)、過少申告加算税額を二二万四、九〇〇円とする旨の一部取消の裁決をなした。

三、ところで、原告は、昭和四四年度において、別表第二〈ロ〉記載のとおり、一三四回にわたり継続的に合計九七万六、〇〇〇株の株式の信用取引(以下本件株式取引という)を行ない、二、六四五万〇、一三八円の損失が生じた。そこで、原告は、昭和四四年分所得税の確定申告において、本件株式取引による右損失は事業所得の金額の計算上生じたものであるとして、所得税法第六九条第一項の規定に基づき、別表第一(一)記載のように、その損失金二、六四五万〇、一三八円を他の所得金額と損益通算して申告したのに対し、被告は、本件株式取引による前記所得(損失)は、雑所得に該当し、その損失は、事業所得の金額の計算上生じたものとはいえないから、損益通算はできないとして、本件更正および賦課決定をなしたのである。

四、けれども、本件株式取引による右損失は、事業所得の金額の計算上生じたものであるから、他の各種所得の金額と損益通算すべきであり、被告のなした本件更正および賦課決定(但し、国税不服審判所長が昭和四七年四月三日付裁決により取消した部分を除く)は違法であるから、その取消を求める。

第三被告の答弁および主張

一、請求原因一ないし三の事実は認め、四は争う。

二、本件株式取引により生じた損失は、以下述べるように、事業所得の計算上生じたものではなく、雑所得金額の計算上生じたものと解すべきであるから、損益通算は許されず、本件更正および賦課決定(但し、国税不服審判所長が前記裁決により取消した部分を除く)は、適法である。

1  有価証券の取引による所得は、原則として非課税とされ、有価証券の売買を行う者の最近における有価証券の売買の回数・数量または金額、その売買についての取引の種類および資金の調達方法、その売買のための施設その他の状況に照らし、営利を目的とした継続的行為と認められる取引から生じた所得等については、例外として課税の対象となる(所得税法第九条第一項第一一号イ、同法施行令第二六条第一項)。

そして、有価証券の取引による所得が右の要件を充たし、課税の対象となる場合に、それが事業所得になるか雑所得になるかは、右取引が事業所得の基因となる事業といえるかどうかで決せられるところ、所得税法第二七条第一項・同法施行令第六三条第一二号は、対価を得て継続的に行う事業から生じた所得は、事業所得に該当すると規定している。

そこで、事業所得の基因となる事業とは、営利を目的とする継続的行為で、一般社会通念上事業と認められるものをいうと解せられ、対価性と継続性のほかに事業としての社会的客観性を要するのであり、有価証券の営利を目的とした継続的取引から生じる所得については、その取引のための人的、物的設備の有無、その職業、その他諸般の事情に照らし、その所得者が常業として株式の取引を行なつていると認められるときは事業所得とし、そうでないときは雑所得とすべきである(昭三六直所一―八五長官通達)。

2  原告の行なつた本件株式取引は、次に述べる諸事実から、いまだ社会通念上事業とはいえない。

(一) そもそも事業は、その事業自体のうちに、事業存立の経済的基礎をなす経常的な収益の方途が機構的に保証されて、はじめて、自立的存立が可能となる。しかるに、株式の信用取引は、株式市場における株価の急激な変動を利用して売買差益を利得する機会をもつという極めて投機性の強いものである。そのために収益性も極めて低く、それを行なつている者の大半が損失に終わつている(原告も、昭和四三年が二二三万九、五二七円、昭和四四年は二、六四五万〇、一三八円、昭和四五年は一七六万四、二七三円、昭和四六年は一、八三〇万九、四六〇円の欠損に終わつている)。このように所得の発生が偶発的、投機的である株式の信用取引は、特段の事情がないかぎり、事業存立の基礎を欠くものであつて、事業所得を生すべき事業には社会通念上なじみ難い。およそ経済人としては、利益を得るか損失を蒙るかわからないような不安定な投機的行為を業とすることは通常考えられないことである。

(二) 原告は、資本金二、〇〇〇万円、従業員数約八〇名の各種金属の熱処理加工とそれに付帯する業務を目的とする会社で、約六億円の年間売上高のある日之出金属熱錬株式会社の代表取締役であり、その総所得あるいは生活の資のほとんど大部分を右会社から得ている。

(三) 原告は、休日以外の毎日午前七時三〇分頃前記会社に出勤し、午後六時三〇分頃まで勤務していて、本件株式取引は、原告が前記会社の職務の余暇に業界新聞や業界雑誌を参考にして、証券会社との電話連絡、あるいは会社を訪れた証券会社係員に口頭で連絡するといつた簡易な方法で行なつているにすぎず、勿論、右取引を反覆継続して行うための人的、物的設備を設けていない。

(四) 本件株式取引のための資金は、原告の自己資金の範囲に限られており、信用取引上の借入のほかは銀行借入等の積極的な資金調達はみられず、右取引のための必要経費も、有価証券の売買に直接要した費用のみであつて、通常事業に付随する必要諸経費が皆無である。

(五) 原告は、昭和四三年六月頃右会社の近隣に日之出証券株式会社が進出した際、同証券会社の外務員の勧奨と助言により、自己の経営手腕をためすつもりで株式の信用取引を始め、同年中に二二三万九、五二七円の損失を出しているが、所得税法第二二九条に定められた事業の開始に関する届出をしておらず、また同年分の所得税申告書に株式取引による所得について何ら申告していない。

以上の事実を考慮すれば、原告の行なつた本件株式取引は、原告が趣味と実益を兼ねて行なつたいわゆるサイドワーク的なもので、いまだ常業として行なつたものとは認められないから、右取引から発生した所得は、事業所得ではなく雑所得である。従つて、右取引によつて生じた損失について、所得税法第六九条第一項の規定による損益通算をすることはできない。

第四被告の主張に対する原告の答弁および反論

一、被告の主張二の1、について

事業所得の基因となる事業とは、営利を目的とする継続的行為であつて、社会通念上事業と認められるものを指称すると解すべきであり、この要件を充す限り、これを職業として行う場合であると副業的なものとして行う場合であるとを問わず、また人的、物的施設などを具備する必要もないのである。

二、同二の2について

株式の信用取引により、昭和四三年中に二二三万九、五二七円、昭和四四年中に二、六四五万〇、一三八円の損失が生じたこと、原告が、日之出金属熱錬株式会社の代表取締役であること、本件株式取引を行うための人的・物的施設を設けておらず、資金も自己資金の範囲に限られており、信用取引上の借入のほかは銀行借入等の積極的な資金調達をしていないこと、右取引のための必要経費も、有価証券の売買に直接要した費用であつて、通常事業に付随する必要諸経費をほとんど要しなかつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

株式の信用取引は、投機性の強いものではあるが、株式市場の機能を円滑化するうえで証券市場に不可欠の存在であり、社会的評価として常業と認め得る要素を十分に持つている。

原告は、昭和四三年以来今日まで、別表第二記載のとおり、継続的に株式の信用取引をしていて、原告が右取引に投下している資本は、四、〇〇〇万円ないし五、〇〇〇万円もの多額に及んでおり、昭和四四年三月には、事業として株式取引を行う意図のもとに、昭和四四年分以降の株式取引上の所得の申告につき、青色申告の承認の申請をなした(右申請に対して、被告は同年一二月三一日までなんらの意思表示をしなかつたので、所得税法第一四七条の規定により右申請は承認があつたものとみなされた。)。このような原告の株式信用取引の数量・回数・金額等の客観的事実と、青色申告の承認の申請にみられる原告の主観的意図とを併せ考えれば、本件株式取引は、被告が主張するように原告が趣味と実益を兼ねて行なつたサイドワーク的なものではなく、所得税法第二七条第一項・同法施行令第六三条第一二号にいう事業というべきである。

株式の信用取引においては、一定の証拠金(株式市場が比較的平静に推移しているときの証拠金の提供比率は、取引額の三〇パーセントが普通で、その証拠金も、必ずしも現金を必要とせず、株式・国債その他の債券類の提供でこれにかえることもできる。)を提供することによつて、取引を成立せしめることができるので、比較的僅少の自己資金で、金融機関よりの借入れに頼ることなく、多額の取引が可能となる。原告が、あえて銀行借入等の積極的な資金調達をしていないのは、このためである。原告は、株式の信用取引を行うに際し、自己が代表取締役をしている日之出金属熱錬株式会社の人的・物的設備を利用しているが、それ以外に特別な人的・物的設備は設けていない。個人が株式の信用取引を行う場合、それがための特別な人的・物的設備は必要でなく、右取引には、証券会社との電話連絡、証券会社の担当外務員による助言と決済関係の仕事の補助があれば十分である。

従つて、また、株式の信用取引において必要とする経費は、電話料・担当外務員を含めて証券会社との交際費・交通費ぐらいで、その額も取引額に比較して僅少である原告も、右のような必要経費は出捐しているが、少額なのであえて計上していない。被告は、このような株式信用取引の特殊性なり、そのシステムを全く無視している。

第五証拠

一、原告

1  甲第一ないし第三号証、第四号証の一・二、第五号証の一ないし三、第六号証の一・二、第七号証を提出。

2  証人尾本忠三の証言および原告本人尋問の結果を援用。

3  乙号各証の成立を認める。

二、被告

1  乙第一号証、第二ないし第六号証の各一・二を提出。

2  甲第一号証、第六号証の一・二、第七号証の成立を認め、その余の甲号各証の成立は不知。

理由

一、請求原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。

二、本件においては、配当所得、不動産所得、給与所得の各金額については当事者間に争いがなく、本件株式取引により生じた二、六四五万〇一三八円の損失(これだけの損失が生じたことは当事者間に争いがない)が、事業所得金額の計算上生じたものか、それとも雑所得金額の計算上生じたものか、が唯一の争点である。

1  所得税法第九条第一項第一一号によれば、有価証券の譲渡による所得は、原則として非課税とされているが、同号イ、同法施行令第二六条第一項によれば、有価証券の売買を行う者の最近における有価証券の売買の回数、数量又は金額、その売買についての取引の種類および資金の調達方法、その売買のための施設その他の状況に照らし、営利を目的とした継続的行為と認められる取引から生じた所得については、課税の対象となるとされ、さらに、同法施行令第二六条第二項は、その年中における株式等有価証券の売買が次の各号に掲げる要件に該当するときは、その他の同条第一項に規定する取引に関する状況がどうであるかを問わず、その者の株式等の売買による所得は、同項の規定に該当する所得とすると規定し、一号において、その売買の回数が五〇回以上であること、二号において、その売買株数等の合計が二〇万以上であることと定めている。

そして、有価証券の取引による所得が右の要件を充たし、課税の対象となる場合に、それが事業所得となるか雑所得となるかについては、所得税法第二七条第一項・同法施行令第六三条第一二号の規定により、「対価を得て継続的に行う事業」から生じた所得と認められる場合にのみ事業所得に該当することが明らかである。

ところで、具体的な株式等の取引行為が右の「対価を得て継続的に行う事業」に該当するか否かは、結局、一般社会通念に照らしてきめるほかないと思われるが、その判断に際しては、営利性・有償性の有無、継続性・反覆性の有無のほかに事業としての社会的客観性の有無が問われなければならず、この観点からは、当然にその取引の種類、取引における自己の役割、取引のための人的・物的設備の有無、資金の調達方法、取引に費した精神的、肉体的労力の程度、その者の職業・社会的地位などの諸点が、検討されなければならない。

2  そこで、以上の見地から、本件株式取引が右の事業といえるかどうかについて、検討する。

(一)  原告が、日之出金属熱錬株式会社の代表取締役であること、原告は、本件株式取引を行うために特別な人的・物的施設を設けていなかつたこと、本件株式取引のための資金は、原告の自己資金の範囲に限られており、原告は、信用取引上の借入のほかは銀行借入等の積極的な資金調達をしていなかつたこと、右取引のための必要経費も、有価証券の売買に直接要した費用であつて、通常事業に付随する必要諸経費をほとんど要しなかつたことは当事者間に争いがない。

(二)  成立に争いのない乙第二ないし第六号証の各一・二、証人尾本忠三の証言、並びに原告本人尋問の結果によれば、日之出金属熱錬株式会社は、昭和三二年一〇月に設立された、金属の熱処理加工とそれに付帯する業務を行うことを目的とする同族会社で、資本金は二、〇〇〇万円、従業員数は約八〇名、年間売上高は五、六億円の会社で、その経営面は原告がひとりで取仕切つていたこと、原告は、別表第三記載のように、その所得あるいは生活の資のほとんどを右会社から得ていたこと、原告は、本件課税年度においては、日之出証券株式会社八尾営業所を介して株式取引をしていたが、休日以外は毎日午前七時三〇分頃右会社の事務所に出勤し、午後六時三〇分頃まで勤務していたので、取引の注文は、右会社の事務所から会社の電話を利用し、あるいは右会社の事務所を訪れた証券会社の係員に口頭で行ない、金銭も通常、証券会社の担当外務員が原告方に出向いて受渡しをしていたこと、原告は、取引をするに際しては、経済新聞、株式新聞、株式四季報などを読み、また証券会社のセールスマンの提供する情報を参考にし、さらに一般経済界の動きなどをみて、銘柄、売買の別・株数等を自分で決めていたこと、昭和四四年当時、本件株式の信用取引のための証拠金として、総額約五、〇〇〇万円の株式その他の債券類を証券会社に提供したが、現金を提供したことは殆んどなかつたこと、が認められる。

(三)  原告が、昭和四三年中に株式の信用取引により二二三万九、五二七円の損失を蒙り、本件課税年度の昭和四四年中には、一三四回にわたり、合計九七万六、〇〇〇株の信用取引を行い、二、六四五万〇、一三八円の損失を蒙つたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第六号証の一・二、前顕乙第二ないし第六号証の各一・二、原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第二・第三号証、同第四号証の一・二、同第五号証の一ないし三、証人尾本忠三の証言、原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、昭和二四、五年頃から現物取引を主体に株式取引を始め、昭和二七年頃から昭和三〇年頃にかけて一時信用取引を行なつたこともあつたこと、その後信用取引は中止していたが、再び昭和四三年になつて日之出金属熱錬株式会社からの収入も増加したので、利殖の目的で大規模に信用取引を開始し、同年中には、日之出証券株式会社本店八尾営業所を介して、五六回にわたり、合計二五万八、〇〇〇株(金額一億二、〇二八万五、〇〇〇円)の信用取引を行ない、本件課税年度以後も日本勧業角丸証券株式会社東大阪支店を介して、別表第二〈ハ〉、〈ニ〉、〈ホ〉記載の各信用取引を行ない、昭和四五年度は一七六万四、二七三円、昭和四六年度は一、八三〇万九、四六〇円の各損失を蒙つたとして確定申告したが、昭和四七年度には一八五万四、八六八円の利益を申告していること、事業所得を生ずべき事業を開始した際には、所得税法第二二九条により、一ヵ月以内に税務署長に対し、開業の届出書を提出書を提出しなければならないところ原告は、この届出書を提出しておらず、ただ昭和四四年三月、事業として株式の信用取引を行う意図のもとに、昭和四四年分以降の株式の信用取引上の所得の申告につき青色申告の承認の申請をなしたところ、被告は同年一二月三一日までになんらの意思表示もなさず、所得税法第一四七条の規定により、右申請は承認があつたものとみなされたこと、昭和四三年分所得税申告の際には株式取引による所得(損失)についてなんら申告をしていないが、昭和四四年分から昭和四七年分までの所得税の確定申告書には、自己の職業欄に会社役員のほか有価証券売買と記入し、株式の信用取引により生じた前記損失や利益を、原告の事業所得として申告をしていることが認められる。

(四)  証人尾本忠三の証言、および原告本人尋問の結果によれば、株式の信用取引は、短期間(原則として六ヵ月以内)における株価の変動を利用して、売買差益を利得するという投機性の強いもので、長期間それを行なつている者の大半が最終的には損失に終わつていること、株式の信用取引を行うためには、証券会社に一定の証拠金を提供することを要し、右証拠金の提供比率は、市況に応じて変動するが、株式市場が比較的平静に推移しているときは取引額の三〇パーセント程度で、その証拠金も、必ずしも現金を必要とせず、上場株式・国債、社債その他の債券類でこれにかえることができ、従つて、株式の信用取引は、比較的僅少の自己資金で、金融機関よりの借入れに頼ることなく、多額の取引が可能となり、法人よりはむしろ個人に信用取引を利用する者が多いことが認められる。

(五)  以上の事実に基づき、考えるに、本件株式取引における売買回数や売買株数、それに原告は、昭和四三年以来今日まで、多額の資本を投入して、継続的に株式の信用取引をしており、昭和四四年三月には、事業として株式の信用取引を行う意図のもとに、青色申告の承認申請もなしていることを考慮すると、営利性、有償性および継続性、反覆性については充分これを具備しているといいうる。しかしながら、本件株式取引が事業といいうるためには、前叙のとおり、さらに事業としての社会的客観性を要するところ、そもそも株式の信用取引は、短期間における株価の変動を利用して売買差益を稼ぐという投機性の強いもので、それを長期間行なつている者の大半が最終的には損失に終わつていることから考えて、本来事業になじみがたい性格を有するものであること、原告は、日之出金属熱錬株式会社の代表取締役として、毎日同会社の職務に専念しており、生活の資の大部分を同会社から得ていて、本件株式取引は、原告が同会社の職務の余暇に株式新聞等を参考にして投機的目的で行なつているにすぎないこと、さらに右取引を反覆継続して行うための人的物的設備もないこと、右取引のための資金も原告の自己資金の範囲に限られていること、右取引に要した必要経費もほとんど有価証券の売買に直接要した費用のみであることなどを考えれば、本件株式取引は、一般社会通念に照らしいまだ事業と認められないと解するを相当とする。

されば、本件株式取引によつて生じた所得(損失)は、事業所得金額の計算上生じたものとは認められず、雑所得金額の計算上生じたものと解すべきであるから、所得税法第六九条第一項の規定により、他の各種所得の金額と損益通算することはできない。

三、以上のとおりであるから、本件更正およびそれに付随してなされた本件過少申告加算税の賦課決定(但し、国税不服審判所長が昭和四七年四月三日付裁決により取消した部分を除く)は、いずれも適法であり、その取消を求める原告の本訴請求は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石川恭 裁判官 鴨井孝之 裁判官紙浦健二は差支につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 石川恭)

別表第一

〈省略〉

(△は損失を意味する)

別表第二

〈省略〉

(△は損失を意味する)

別表第三

原告の昭和四三年から昭和四七年における収入金額の明細表

〈省略〉

(△は損失を意味する)

注一………日之出金属熱錬株式会社の株式の配当金

注二………日之出金属熱錬株式会社に貸与している工場の賃料

注三………日之出金属熱錬株式会社より支給されている給料

(以上)

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